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院長プロフィール

藤本健次って、どんな人?

藤本(プロフィール).jpg 藤本 健次(ふじもと けんじ) 昭和43年(1968年)生まれ 2児の父 おひつじ座 AB型

鍼灸接骨 慈康院/ホリスティックサロン Suina 院長
大和郡山ロータリークラブ会員
(社)日本抗加齢医学会会員
(社)日本予防トレーニング協会会員
(財)日本美容鍼灸マッサージ協会会員

大阪市生まれ 奈良市内で幼少期を過ごし高校時代に野球部に所属し肩を痛めたのがきっかけで鍼灸師になる。

平成 3年、大阪鍼灸専門学校(現 森ノ宮医療学園)卒業
平成14年、奈良市の吉祥寺接骨院副院長、郡山吉祥寺接骨院院長を経て独立起業
平成15年、無料送迎サービス開始
平成16年、訪問医療マッサージ開始
平成20年、現在の場所に移転しホリスティックサロン『Suina』をオープン。
      (アンチエイジングに取組む鍼灸院として専門性の高い鍼灸治療を施している。)
平成21年、寝たきり0人プロジェクトスタート。(寝たきりのない街づくりを目指す。)

野球がきっかけ?

野球(むち打ちHP.jpg 小学5年生から野球を始める。中学ではボーイズリーグに入り地味に活躍、甲子園を目指し高校でも野球部に入りました。1年生の夏の予選。私は第一試合のボールボーイ役にあたっていたので朝一番で球場についたら、なっなっ・・何と「第一試合太成高校棄権」と張り出されているではありませんか(驚)

事の成り行きがわからなかった私たちは、家に電話をし急遽学校に集合するように連絡があったことを聞きました。私たち5人は、訳が分からないまま学校に向かいました。途中駅の売店で友達の一人が朝刊を買うとそこには、「野球部の監督が部員を殴りけがを負わした」という内容の記事が載っていました。

その後、一年間の対外試合禁止処分を受けるのですが、処分中に部員が他校の生徒と暴力沙汰を起こし更に一年間の対外試合禁止(涙) 処分が決定するまでの間は、ボールを使うことはもちろん、ユニホームも着ることもできず、社会奉仕として部員全員で大阪城公園の掃除によく行っていたのを今でも憶えています。

大会に出れたのは3年生の夏の予選が最初で最後で、結果はその年の大阪代表校(泉州)に4回戦で敗退(涙)

にがーい思い出の高校生活でしたね。でも、高校生のときに通院していた接骨院の先生に、試合も出来ないのに野球に取り組む一途さをかわれて、「一緒に仕事をしないか?」と声をかけて頂いたのが、この世界に入ったのがきっかけでした。今にして思えば2年間の対外試合禁止がなければこの仕事をしていなかったかもしれないですね。(縁)

治療への思い・・・

最初は、自分が肩を痛めておもいっきりプレーができなかったこともあり、故障で悩むスポーツ選手の役に立ちたいとの思いでやっていましたが、1人目の子供が逆子になったとき、知り合いの先生に鍼で治してもらったのです(驚) が、「同じ鍼灸師なのにどうして自分には出来ないんだ。」と思いそこからは鍼灸の可能性について、そして「鍼で家族の健康を守りたい」と思うようになりました。

両親.jpg それから、10年たった平成17年父が入浴中に倒れそのまま翌日に亡くなりました。 65歳でした。 まさか・・・なんで・・・・ ほんの一週間前に会った時は普通にしていたのに・・・・。もっと、一緒にゴルフに行きたかった。もっと健康管理に気をつけて治療をすればよかった・・・・・と悔やんでも悔やみきれない思いがあふれてきて止まりませんでした。「鍼で家族の健康を守りたい」そんな思いでやってきたつもりで何もしていなかった自分がなさけなかったです。

今、私には決めていることがあります。それは、毎日最後に家族を治療するということです。月、木曜日は子供、火、金曜日は家内、水曜日は母親を治療しています。 土・日は休みですが(笑)

今、できる範囲でいいから、できることをやろう! 父親に出来なかったことを周りの人たちにしよう!

そう思い毎日を精一杯過ごしていたのですが、平成21年6月今度は母親が、急性の腎不全で緊急入院しました。検査の結果『グットパスチャー症候群』といって日本で50症例ぐらいしか報告されていないような稀な病気でした。肺や腎臓が侵される自己免疫疾患で最悪な場合は死に至るといった激しいものでした。
なんで? 毎週のように鍼治療をして健康管理には気をつけていたはずなのに・・・なんで? と思いましたが、病気になってしまってからそんなことを考えても仕方がない。 なぜそんな稀な病気にかかったかを考えるより、どうすれば一日でも早く改善するか、そのために自分に出来ることは何かを考えました。
病院の先生でさえ困惑するような病気が、一鍼灸師の自分にどうにかできるはずがない。自分にはとても無理だ。どうする事も出来ない。と思いましたが、ふと父親のことが頭をよぎりました。

そして腹を決めました・・・絶対にあきらめない!
たとえ結果が上手くいかなくても、このまま母が亡くなったとしても、自分ができるすべてのことを最後までやろう!そう決めました。 

それから主治医の先生に鍼灸治療の許可をもらい、毎日病室で鍼灸治療をしました。しかし、まだまだ経験の少ない私に簡単に治せるような病気ではありません。色んな合併症を併発し、食事も受けつけなくなり、足がパンパンに浮腫み半分寝たきりの状態にまでなりました。

もうあかん・・・どうすることもできない・・・・と気持ちが折れそうになったときに救ってくれたのは仲間の力でした。

師走も近づく11月でした。たまたま以前の職場の仲間と食事にいく機会があり、そのときに母のことを打ち明けたところ、すぐに経験豊富な鍼灸の先生を紹介してくれたのでした。

そしてその先生に診てもらってから、その先生の指示どうりに治療を進めていくと、不思議なことに、あれだけ受けつけなかった食事が少しずつ食べれるようになり、次第に元気になってきたのです。(驚) やっぱり鍼灸はすごい!と再確認したのと同時に自分の未熟さも痛感しました。

そして実に207日間の入院生活を終え無事に自宅に帰ることができました。

・・・・・が、まだ終わってはいません。

母の腎臓は今も機能していないので、週3回人工透析に通っています。
現代医療的には、移植以外もう治らない病気とされています。

でも、私はあきらめません。あきらめる訳にはいきません。

それは私の家族だから、たった一人の母親だから、私があきらめるともうそれ以上母の体が良くなる可能性はなくなります。だから、私があきらめる訳にはいかないのです。af0100007679.jpg
鍼灸の可能性
人の体の可能性
そして自分の可能性を信じて・・・・

だから、今も毎日仕事の帰りに治療をしに行ってます。

絶対にあきらめない!

お陰様でそんな思いで、患者様に治療ができるようになりました。

あなたにも大切な人がいると思います。自分のためにではなく、その大切な人のためにも健康で在り続けてください。

私は、そんなあなたの助けになりたい・・・・・

当院の概要
地図 アクセス

筒井駅から徒歩5分、国道25号線パナソニック北向かい


電話番号

0743-57-0955


住所

〒639-1123 奈良県大和郡山市筒井町569-1コーポ睦1階

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おしらせ

〜年末年始のご案内〜

2014年の年末は12月29日(月)12時30分まで、年始は1月5日(月)から通常通り営業します。

お願いいたします。

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